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「臨床の知」を学ぶ
藤掛明先生

こども心理学科 藤掛明

■演劇を観る感動
 あなたに、お目当てのアイドルや役者がいるとする。そして、その演劇の舞台を観に行くとする。仮に、二週間の興業で、合計一四回の舞台が繰り広げられるとして、その一四回は、同じ脚本、同じキャスト、同じ会場、同じ時間、そして毎回、同じように完璧に演じられていくとする。さて、あなたはこの舞台を何回くらい観に行くべきであろうか。
 演劇好きな人は迷わず、できるものなら「全部観たい」「14回観たい」と言うだろう。なぜなら、一四回の毎回がみな違った感動を与えてくれるからだ。
 …同じ脚本、キャスト、会場、時間で同じように演じているのに、なぜ違った感動が生まれるのか。それは、演劇の場に、強力な相互作用が働いているからである。たとえば同じ役者が同じセリフをしゃべっても、毎回微妙にそのニュアンスは違ってくる。役者同士のからみあいも毎回微妙に違ってくる。観客の反応を受けて、役者たちと観客の目に見えない影響関係もあって、その演技も違ってくる。さまざまな要素が相互に作用し合いながら、舞台の上で繰り広げられる世界は彩りを変え、毎回新たな感動を与えてくれるのである。

■臨床の知
 こうした現象を、科学はうまく説明できない。こうした現場の相互作用を積極的に認めてしまうと、科学の前提となる「客観主義」が成り立たなくなるからである。
 このように、科学でうまく説明できないことは案外多い。とくに人の心の世界を理解しようとするときには、科学とは別の知恵が必要になってくる。哲学者の中村雄二郎は、そうした科学とは別の原理を「臨床の知」と呼び、近代科学と対立するものとして説明している。
 演劇の例のように、科学の「客観主義」に対して、臨床の知は「相互作用性」(パフォーマンスの知)という原理を大切にする。ほかにもある。科学の「論理主義」に対して、臨床の知は、「多義性」「象徴性」を大切にする。また科学の「普遍主義」に対して、臨床の知は、「個別性」を大切にする。

■カウンセリングの世界
 さて、このような臨床の知の原理は、カウンセリングの原理でもある。だからカウンセリングを学ぶときには、教科書のような基本的な知識を身に付けつつ、体験や洞察によって、それらを補っていくことが肝心となる。
 これから先、あなたが演劇などを観るとき、そして、もっと身近な友だちや家族との語らいの場に身を置くとき、なにか相互作用のようなものを感じるとしたら、あなたはすでに、「臨床の知」を学びはじめているのである。

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