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大学で研究することの楽しさ
大学で研究することの楽しさ

 6月に入ってから、大学院生、学部のゼミ生と一緒に絵本を使って神経心理学的研究を本格的に始めました。

 光トポグラフィ(NIRS)という装置を使って脳の血流を測る実験です。今まで、絵本で子どもと遊んでばかりいた教員が、学生たちには、「ちゃんと遊べ、ちゃんと遊べ」、とばかりいっていた教員が、いきなり研究者としての顔を見せたのですから、きっとゼミ生はみんな驚いたのかもしれません(「なんだ?この人?へんなやつ」、なんて思ったのかもね)。

 始めは、実験で使う材料を作成します。4冊の絵本を準備しました。一つは、商業的に販売されている絵本です。その絵本を基に絵のない文字だけの白絵本、そして絵はあるけれど文字がへんてこな絵本、絵もなく文字もへんてこな絵本の3冊を作ったのです。この不思議な絵本を作るのにも相当の時間と手間がかかりました。

 心理実験をするとき研究者は、そんな時間を楽しむのだろうと思います。これを使う人達がどんな様子で読むんだろうか?仮説は検証されるんだろうか?実験デザインはこれで本当に大丈夫?などなど、いろいろなことを想像しながら、つくる時間が過ぎるのです。

 学生さんたちは、いよいよ実験の時に備えます。被験者になってみるのです。そして、やはり被験者をしてくれる絵本の読み手の熟達者を緊張しながらお迎えし対応してくれました。

 先生や先輩の研究者の姿を見ながら学ぶのです。みんな動いていますから、手取り足取りは教えてくれません。手伝いながら実験の雰囲気を味わいます。時折、漏れ聴こえる会話から重要な事柄を盗み、自分のものにする努力をするのです(まるで職人さんの世界みたい)。

 そうやって、熟達者から教わり、そして、教わったことを次には自らが後輩に教えていく、そのつながりが師から弟子へと循環して続いていくのです。これが大学で研究することの楽しさのひとつだろうと思います。

 学生たちは、光トポグラフィ(NIRS)を使って測定された、自分自身の脳活性を見ながら、何を思っているのでしょう?プロの読み手が読んだとき、確実に自分とはちがう読みをすること、そして脳活性もまた異なるのだということを知った彼らは、何を思っていたのでしょうか?

 研究のおもしろさ、それは教師でもある研究者には、「教えることで、学生自身から学んでいる」そういう時間でもあるのだろうと思います(こう思えるようになったのは教えるようになってからだけどね)。 絵本の読みは、どうして子どもの心に届くのだろう?

 その「なぜ?」という疑問をテーマに沿って、ひとつひとつ解決していく。そのための手段を考え、実行し、結果を論文としてまとめる。

 研究って面白いけど大変。大変だけど面白い(それが研究ってものではないかなぁ)。結局は、おもしろいからやり続けている。これが、大学で研究することの究極の意味じゃないのかなと思ったりするのです(そんなことに時間をかけるなんてつくづく研究者って暇よね)。

(by ゆた 臨床発達心理学ゼミ)

*光トポグラフって?

近赤外線を用いて大脳皮質の脳血液の変化を測定する装置です。近赤外線は太陽にも含まれる光で、その光を頭にかぶった専用の帽子で照射-受光することにより、安全に脳血流を測定することができます。近年では、その高い安全性から、医療検査にとどまらず乳幼児や学齢期のこどもたちの脳の発達に関する調査にも用いられています。


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