
「銀の匙」というマンガをご存知ですか。
簡単なあらすじを紹介すると、主人公八軒勇吾は中高一貫の進学校に通っていたのですが、激しい学力競争で脱落し、家を出たくて、寮があるという理由で大蝦夷農業高校(エゾノー)に入学してきます。今まで塾と勉強ばかりだった八軒君にとって、農業高校で出会う人々も起こる出来事も目新しいことばかり。実習や部活に悪戦苦闘しながら、がむしゃらに頑張っていくというお話です。
このマンガ、実は累計1200万部も売れ、マンガ大賞2012の大賞も受賞した作品なのだとか。なぜこのマンガがそんなに売れるのだろうと、少し不思議に思いました。
派手なアクションがあったり、カッコいいロボットが出てきたりするわけではない。主人公がイケメンで美少女と大恋愛するわけでもなし、胸躍るような大冒険が待ち受けているわけでもない。ちょっとだけ頭のいい高校生の、ちょっとだけ普通ではない高校生活のお話なのです。でもその八軒くんの一生懸命な姿に、みんな何かしら魅かれるものがあるのではないかと思います。
八軒君は、世の中の矛盾を目の当たりにして、決して答えを出すことをあきらめません。「仕方ないじゃないか、世の中そういうもんなんだ」とあっさり割り切ったりはしません。「どうして? 本当に仕方がないことなの? 何とかならないの? 今自分にできることは?」そうやって一生懸命に悩んで、自分で答えを出そうとするのです。彼を見ている、仕方ないと割り切る方がオトナでスマートなのかもしれないけど、コドモだってカッコ悪くたっていいじゃないかと思ってしまうのです。
それから八軒君は、級友たちがしっかりと自分の将来の夢を語るのに、自分には夢がないと焦ります。ある授業で学生たちに何がストレスかと聞いたところ、「就活」「卒業後の進路を考えること」という答えが多く聞かれました。つまり、自分の将来が不安なのはみんな一緒なのです。じゃあどうするのか。
「悩んでもいい、迷ってもいい。答えを見つけてから歩き出すのではなく、答えを探しながら歩めばいい。道は一つじゃない。」このマンガには、そんなメッセージが込められているように思います。
答えがないのに歩き出すことは、すごく怖いことです。でも実はみんな、知らず知らずのうちにちゃんと一歩ずつ歩いているのだと思います。今置かれている環境で、自分がやるべきことややりたいことを一つ一つやっていけば、それはちゃんとどこかの道へと続いている、私はそう信じています。
荒川弘 「銀の匙」 小学館
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