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夏目漱石、村上春樹、そして姜尚中
夏目漱石、村上春樹、そして姜尚中

   2013年の年を迎えてからだろうか、講演や講義にうかがった先で、私の所属が「聖学院大学」と聞いた方から、「姜尚中(かんさんじゅん)先生が聖学院に来られるんですってね」と声を掛けられることが多くなった。

  4月に入ると、さらに「夏目漱石の小説『こころ』」についてわざわざ話題をふられることが続いた。姜先生がNHKのテレビ番組で、数回に亘って、漱石の「こころ」を解説するシリーズが放映されているから、それを視聴した人が姜先生を慕ってあえて話題にするのである。

 そういうとき、私はこう答えている。

  「姜先生の作品解説は深いですね。実は、姜先生は、漱石の『こころ』に実際に登場しているんですよ。Kっていう人物、あれ、姜(かん、Kang)先生のことなんです。頭文字をとって匿名になっていますが…。あの人物だけアルファベットなのは不自然でしょ。あれは、漱石なりの姜先生への配慮なんです。それにしても漱石の小説で使われたというのはすごいことですよね。」

 実は、私も漱石の「こころ」は大好きだ。
 だから人からその話題を振られると、しゃべりたい衝動がうずいてしかたがない。主要な登場人物がどんどん死を迎える喪失の物語は深い哀しみをたたえ、よく読むと、メタファに満ちている。青春時代に読んでも、中年時代に読んでも、いろいろなことを考えさせてくれる名作である。

 (村上春樹の作品を読み始めたとき、その喪失と孤独の物語に希有なものを感じたが、唯一、漱石が「こころ」で築いた世界に近いものがあるとも感じたものだ。漱石の「こころ」を読んだら、春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」を読むことをお勧めする。)

 Kが姜先生だなんて、Kは自死(自殺)していますよ、という反論が聞こえてきそうだが、私はこう答えることにしている。

  「もちろん、小説の書き方としては自死したことになっているが、それは比喩で、本当は、人の死についてとことん考えるようになったということなんです。姜先生ほど、人の死についてとことん考え抜いた人はいませんからね」と。

 (一応念を押すと、Kの話は私の作り話です。なにせ漱石の「こころ」は大正3年に発表されたものですから)
(by けい)

(推薦図書)
「夏目漱石『こころ』(100分 de 名著)」 NHK出版 姜尚中著
「こころ」新潮文庫 夏目漱石著
「ダンス・ダンス・ダンス」(上下) 講談社文庫 村上春樹著

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