高校生にとって、大学生活は未知の世界でしょう。シラバス、単位制、ゼミ、サークル、レポート、必修/選択科目…といった言葉が意味するところも、漠然としかイメージできないかもしれません。それは、そもそも「学び」に対する考え方が、高校と大学とでは大きく異なることに関係しています。
高校との学ぶシステムの違い
高校生まではどんな活動をする際にもクラス単位で行動することが多かったと思います。自分の所属するクラス/教室が決まっていて、常にそこを拠点として、ホームルームや各教科の授業が行われていたことでしょう。
大学では、そういったクラス単位の活動はほとんどなくなります。授業ごとに出席する学生の顔ぶれが違っているのは当然のことですし、また、クラスが拠点とする決まった教室というのもないので、学生は授業ごとに教室を移動します。一人ひとりの学生が、学期がスタートする際に各授業のシラバスを検討して、履修する科目を選択し、卒業までのシナリオを作っていくのです。
大学で求められる力
そこで必要となる力は、素早く問題を解く力や、あらかじめ決められた範囲の知識を多く覚えることではなく、不明なことを時に人に尋ねたりしながら、自らの関心を掘り下げていくような力です。高校生までの、特に受験学力と言われるような能力を想定して勉強していると、大学の学びに適応できなくなります。
大学ではテスト以外の要素が成績を左右することもしばしばあります。レポートや出席状況、プレゼンテーションなどです。テストというのは知識の定着を測るには適していますが、広い意味の学力を測るには十分ではありません。例えば創造性や想像力、あるいは何かについてとことん考え続ける根気など、むしろ社会に出てから必要となる能力についてはほとんど計測不可能です。
センター試験の限界
ましてやセンター試験のようなマークシート型客観テストでは、論述する力も途中式の計算も、解法のユニークさも評価することはまったくできません。マークシート型客観テストで見えてくるものというのは、ただ一つの尺度で序列化された「受験学力」でしかなく、その「受験学力」があたかもすべての能力であるかのように偏差値やランキングで測られます。
一人ひとりの可能性を見出す入試
だから聖学院大学はセンター試験を利用した入試を行っていません。私たちは受験生の可能性をいろいろな側面から見ることに心がけ、落とすための入試ではなく、むしろ一人ひとりの可能性を見出す入試を行っています。
「大学での学び」は、高校までの学力とは根本的に異なるものだからです。自分の進むべき目標を見つけ、そこに邁進していくことによって、自分の中に潜在していた能力が2・3年後に花開いていくことでしょう。しかし誰もが自分の能力に気づき、独力で目標を達成するわけではありません。迷ったり悩んだりする中で、徐々に自分の才能を見つけていくものです。聖学院大学では、皆さんの未来に向けた夢や志を持つことのお手伝いをしていきたいと考えています。「面倒見がよい」というのは、例えばそういうことなのです。

【関連リンク】聖学院大学がセンター試験利用入試を行わない理由
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