


たけぶち かおり。群馬県出身。
1992年、聖学院大学児童学科(当時は人文学部に設置)の第1期生として入学。
1996年、聖学院大学大学院に進学し政治政策学研究科で福祉政策を学ぶ。
卒業後、同大学の学生相談室で相談員として臨床心理学の実践経験を積み、
5年後に臨床心理士・臨床発達心理士・学校心理士の資格試験に合格。
現在も学生相談室の室長補佐として、大学生対象のカウンセリングなどで活躍中。
この春に新設される「こども心理学科」では、教員として「適応の心理」「相談心理学」などの指導にあたる。


高校時代は幼稚園教諭を目指していて、「単に資格を取得するだけではなく、こどもそのものを学びたい」と考え、聖学院大学に創設されたばかりの児童学科に入学しました。
発達心理学がご専門の先生に出会って学ぶうちに抱いたのが、「幼稚園や小学校に行きたくても病気などで通えない子の心理は、どうなっているのだろう?」という疑問です。
近隣の国立病院に設置されていた小児科病棟や院内学級の幼児を研究対象にして通い続けたことが、
今日まで発達心理学を専門にすることになるきっかけでした。
「学校に通えないこどもたちに対して何かしたい」という使命感を持ち続けながら聖学院の大学院に進み、将来は児童相談所や児童館で心理学を活かせる仕事に就ければいいなと考えながら小児科病棟通いを続けていたのですが、折しも母校に学生相談室ができ、そこに勤めることになりました。
幼児を研究対象にしてきた私にとって、大学生対象の業務には最初少し違和感もありましたが、「人間は死ぬまで発達過程にある。大学生は幼稚園児の十数年後の発達段階だ」と前向きに捉えました。
そこで机の上の学習だけでは得られない貴重な臨床経験を重ねるうちにどんどん興味が深まり、「きちんと臨床心理士の資格を取得しよう」と資格試験の受験勉強を始めたのです。
「何か資格を取っておけば就職に有利だから」とか、最初から「臨床心理士を目指そう」と思っていたからではなく、あくまでも「もっと知りたい」という好奇心の延長でした。


臨床心理士の資格試験は、1次が心理学の筆記試験で、その合格者に対し面接による2次試験が行われます。私が受験した時代には、大学の学部で心理学に関する所定の単位を取得したのち一定の実務経験を積むことで受験資格を得ることができましたが、現在の制度では、受験資格取得のために指定された大学院を卒業(プラス一定の実務経験)しなければなりません。
したがって、聖学院大学のこども心理学科を卒業しても、その後まず外部の指定大学院に2年間通うことが最低条件になりますが、計6年間も勉強を続けるには相当な覚悟が必要です。
さらにこの試験の合格率は5~7割と、かなり難関です。出題範囲も幅広く、心理テストや統計といった技術に加え、相手の行動や発言の背景を読んだり想像したりするセンスも求められます。
心理学を性格判断や占い程度に考えている人が簡単に合格できるほど、ハードルは低くありません。
相手が精神疾患や発達障害を持っているかどうかを見極める時、検査の必要性を判断するためには、「この年齢でこういう行動をするのは一過性のものである」といった‘健康な発達’の基準を知っていることが不可欠です。
それは臨床心理士の責務を果たす上で非常に重要な視点であり、発達心理学を土台にしていることが私にとってとても大きなアドバンテージになっていると実感しています。
資格試験の2次試験でも、面接官から「これからの臨床心理士には、発達心理学の視点が必要不可欠だ」と言われました。
その点、こどものいるリアルな現場に接する機会の多い「こども心理学科」には、臨床心理士を育む豊かな土壌があると期待しています。



精神疾患の治療そのものは精神科医の職分であり、臨床心理士が行うのは治療ではありません。
精神的な病気の有無に関わらず、「その人が自分の居場所を見つけ、社会や今ある環境に適応し自分らしく生きていくためにはどうしたら良いか」を一緒に考えたり、お手伝いをしたりする・・・‘環境調整’といったソーシャルワーカー的な仕事も重要です。
マラソンに例えるなら、ランナーの伴走者であるとともにペースメーカーであったり、時には給水係であったりと幅広い役割を担います。
勉強を続けてきた中で発見したのは、「やるべきこと、やってはいけないことの線引き」です。
相手の‘痛み’に共感しなければ理解できないことがある反面、例えば自分がイジメを受けた経験と重ね合わせ過ぎると相手と一緒に沈んでいってしまう危険性もあります。
こども心理学科のテーマでもある「相手に寄り添い理解する」というスピリチュアルケアの精神は、とても奥深いですね。


心理学には、「AかBかどちらか1つ」というような明確な答えが出ないケースがたくさんあります。そうした曖昧なことまでをも抱き止めることができるような幅広い視野や価値観を持っていなければ、耐えられなくなるでしょう。相手の考えや行動を、固定観念にとらわれて頭から否定してはいけません。自分にとってではなく、相手にとって最善なことを見つける仕事なのですから。
だから、少しでも時間を見つけては海外旅行する、帰りの電車では仕事と関係ない本を読む、スタジアムに出かけてサッカー観戦で騒ぐ・・・私は、日常生活からちょっと離れる時間を取り入れることで、自分の中のバランスを保ち、多様な価値観を受け入れられるよう気をつかっています。
心理学の本だけでなく、小説や漫画もたくさん読んできましたが、小説を読んで興味を持てば、作品の時代背景や作家個人のことまで調べるタイプです。基本的にはオタクですね。
興味があることに対し積極的な行動を起こせる。そしてそこにコツコツとエネルギーを注ぎ続けることができるというのは、臨床心理士にとって大切な資質だと思います。

学生時代に小児科病棟通いをしたのは自分の好奇心からですが、実現できたのは大学の校医の紹介があったからであり、それが臨床心理士としての私の貴重な財産になっています。
やりたいと思ったことに対し、いかに選択肢を拡げてあげることができるか、チャンスを提供できるか・・・それが大学の使命だと、教員という立場になった今、強く感じます。
聖学院大学が掲げる「面倒見のよい大学」とは、‘手取り足取り’の押しつけではなく、可能性を支援してあげることではないでしょうか。
私が機会をいただいたように、私も臨床心理士を目指す人に寄り添うことができたら幸いです。


人間は、みんな「こころ」を持っていますが、それがどのようなものだかはよく分かっていません。そんな「こころ」の理解をするためには、きちんとした学びが必要です。そのために、さまざまな心理学的方法論をきちんと学びます。また、「こころ」を扱うことのできる倫理観を養成します。

「こころ」の動きは「からだ」の働きとなって現れます。また、「からだ」の健康状態が「こころ」に影響を及ぼすこともあります。ここでは栄養学や生理学などを基盤とした健康増進を目指す健康学的知識の習得を目指します。

人は、成長する過程で、その人を取り巻く環境や文化の影響をうけていきます。その範囲も、現代という社会では日本文化だけではなく、西洋文化や世界の文化へと広がっています。それらに広く目を向けることは、「こころ」の背景にある世界との繋がりを知る重要な手掛かりです。目に見えるもののみに惑わされないスピリチュアルなものに目を向けられるように学んでゆきます。
