AO【講義型】入試特別講演│聖学院大学の「育てるAO入試」

あなたをきっと‘発見’します。・・・・・・聖学院大学の「育てるAO入試」

「AO[講義型]実践講座」7月20日オープンキャンパスにて(講師:小川洋教授)

オープンキャンパスで開講された講座の様子をここにご紹介します。

 はじめに


 皆さんの手許にノート用の白紙が配られていると思います。これから講義型AOでは、「こういうこと、試しますから」ということを実際にやってもらいます。大抵の場合、スライドでグラフなども見てもらい、その読解力も試すというのが例年のパターンですので、その事例を紹介し、「こんな形で行われることも考えられる」という話をさせてもらいます。

 まず講義型AOを受けるにあたってどのような準備が可能か、という質問があるかと思いますが、短期間でできることはありません。また、今日ここで私の話を聞いたから有利になるということも、たぶんありません。高校の3年間で、あるいは小学校以来の12年間で、どれほど大学で学習するうえで必要な基礎的な知識や技術が身についているか、人の話を聞いて理解する姿勢や能力など身についているかが、この入試では問われます。

 まず皆さんは、高校までにいろいろな勉強をしてきました。社会分野の勉強もした、理科の分野の勉強もしたし、外国語の分野も勉強した、芸術的な分野も勉強してきたわけです。それぞれすべて、この社会とか自然をどう理解するか、どう理解できるかということだったわけです。化学反応というのは原子がどのように結合するのか、歴史だったら、ある革命がなぜ起きたかというような、因果関係の説明を理解してきたはずです。フランス革命の時には、そのしばらく前から飢饉(ききん)が実際に続いて農民たちの生活が苦しくなっていたとか、フランスの階級社会がどういう仕組みだったかとか、そういったことを一通り学びますね。それから革命の直前には、フランスとイギリスが戦争を繰り返して、フランスはだんだん劣勢となって、ルイ王朝は追いつめられていたということも学んだはずです。「私、勉強嫌いでしたから、何も知りません」という人は、そもそも大学に行くのは間違っていますからやめたほうが良いと思います。

 そういう意味で、この入試では12年間の蓄積が試されるわけですから、別に私のこれからの話を聞いたから有利になるということはありません。逆に言えば、一日講義型のAOで自分の力を十分発揮できると思う人は、特に今から慌てる必要もありませんし、私の「こんなテストをやるんじゃないですか。去年の例から考えると、こんなテストになると思います」という話を聞いて、「ああ、じゃあ私は十分やれそうだ」とリラックスして取り組むようにしてください。

 講義型AO入試は、本学でもまだ2~3年の実施経験しかありませんが、こんな生徒のためにスタートしています。例えば、高校で運動部などの活動に集中していた生徒は、3年生の10月とか11月まで続く場合もある。どうしても日ごろの学校のテストの成績はいまひとつ芳しくない。しかし、いくら練習がきつくても、授業はしっかり聞いていたし、高校までの勉強は人並み以上には取り組んできた。でも、通常の中間テストだとか期末テストでは必ずしもいわゆるいい点数は採れなかった。従って、推薦入試にもちょっと届かない。そういう高校生もけっこういる。そういう高校生は他の一般的な入試では不利かもしれないけれども、入ってから必ずしっかりと学習してくれる。そういう高校生のためにチャンスをつくろうではないかというのが、もともとの発想です。「公募推薦はキツイかな」とか、「高校時代にはこういうことに集中してきたから、大学で勉強する自信はあるけれども、他の入試は少しハードルが高い」とか、そういう応募者をこちらとしては期待しています。

 また、遠いところに住んでいる高校生にレポート型のAOを受けてもらうと、3回、4回と、大学まで新幹線などを利用して通ってもらわなければなりません。これは受験生にとって負担が重過ぎる。講義型AOは、このような受験生に受けてもらう適当な形式として考えられたものです。

 練習しましょう


 それでは、ひとつトレーニングをしたいと思います。私たちの大学は、基本的に文系6学科の大学ですので、文系の話になります。これからこういう理論を説明します。経済学の……、あまりマジメに聞かないでください。半分冗談の理論を説明しますので、どれだけ話を追いかけられるか試してみてください。あとで質問したり、友達とノートを見せ合ったりした時に、「えっ? あなたこれ、思い違いして理解しているよ」と、そういったことが確認できるような作業をしてもらいたいと思います。

 私の命名で-「風が吹けば」理論です。日本のことわざで、いくつかバリエーションがあるのですが、「桶屋がもうかる」と続くものが典型です。これはいろいろな歴史的バックグラウンドを知らないと理解できません。「風が吹けば」理論というのはどういうものかというのを、一切黒板に字などを書かずに進めます。大体大学の先生たちの授業は、あまり丁寧ではありませんから、板書には期待せず、聞き耳を立てて聴いてください。この理論の因果関係の説明をしていきますから、どのぐらいノート取れるかやってみてください。

 まず、風が吹く。風自体に、文化的、自然的な背景があります。別に高原のそよ風でもありません。また大きな被害を与えるような暴風雨でもありません。この風は、東京(江戸)の春先の風をイメージしてください。春先に空っ風が吹きます。当時の江戸は舗装されていません。従って、土ぼこりが舞い上がります。埃が目に入ります。それでなくても衛生状態のあまりよくない時代です。目をこすっていれば眼病になります。医療も普及していませんから、目をこすっているうちに目の病気が進行して、目が見えない人が増えてきます。目が見えない人が増えると、今度どういうことになるか。現代では目が見えない人でもいろいろな活躍の道はありますが、昔の盲人は三味線を練習して人の集まるところで演奏して僅かばかりのお金を貰う、という生活をする人が多かったのです。三味線は、今の沖縄、当時の琉球王国に「蛇味線(じゃみせん)」という楽器がありましたが、これはハブという非常に大きな蛇の皮を胴に張って鳴らす楽器でした。戦国時代に日本の本土に入ってきます。本土にはそんな大きなヘビはいませんから、三味線の胴には猫の皮を使ったのです。ですから、三味線の需要が増えると、猫がたくさん殺されます。さて猫がたくさん殺されると、ネズミが増えてしまう。特に江戸のような大都会ではエサはいくらでもありますから、ネコがいなくなったら、ネズミはどんどん増えてしまう。それからこれは生物学の知識ですが、ネズミというのは一生歯が伸びます。そのために、ネズミは常に固いものを齧っていなければならない。ネズミは歯ごたえのあるものを何でもかじってしまいます。江戸の町には必ず、火事になった時に水をぶちまけられるようにとか、いろいろな用途の水桶がたくさんあるわけで、それをネズミが齧る。桶が壊れることになりますから、桶の需要が高まって、桶屋さんがもうかる。これが「風が吹けば」理論です。

 どうでしょうか? 自分のノートをみて、因果関係を他の人に説明できますか。実際のテストでは、受験生に1時間あげて、きちんとノートをもう一度整理して面接に向かってもらうことになります。この時に例えば、君たち、この理論を聞いて、「ここの部分は成り立たないんじゃないか」とか、「なるほど、ここの部分は私としては初めて知ったけれども、おもしろい説明だ」とか、そういったことを今度メモとして書き込んで、「私はこの授業を聞いて、こういうことを考えた」というようなことを書き加えればいいのです。

 この理論は半分冗談ですから、いいですね。これを真に受けて、高校に帰って「こういう授業を受けてきました」ってあまり言わないでください。「聖学院って何やっているんだ?」ってなりますからね。ただ、因果関係っていうのは、さっきフランス革命で話しましたけれども、それから物理のいろいろな法則だとか、要するに「こういうことがあって、こうこうこうだから、こうなんだ」と説明します。ところが、特に社会科関係の理論というのは、どんなにもっともらしくても、けっこう怪しいところがあるのです。逆に「風が吹けば」理論は、ひょっとしたら真理をついている部分がある。

 実際に、「バタフライ効果」として、マジメな力学理論として、同じような発想の理論が展開されています。蝶々が世界のどこかで羽ばたきます。すると小規模な空気の乱れが起きます。それが地球の裏側で大規模な大気の乱れに繋がって、竜巻を発生させるという話です。地球の空気っていうのは全部つながっているわけですから、どこかで非常に小さな誰も気付かないようなちょっとしたような現象が、とてつもない現象になる。これは経済の現象を説明する比喩としても使われます。昨年からの世界の経済混乱の元をたどれば、アメリカのサブプライム・ローンでした。「ああ、こんな商売もある」、「こんな住宅の貸し付けもあるか」程度で、あまり誰も重大な問題をもっているとは気付かなかった。それがいつの間にかどんどん膨らんで、そして世界中の経済を大破綻に追い込むことになった。

 私が今、風が吹けば桶屋がもうかると説明していきました。江戸の町というのは舗装されていなかった。それから、衛生状態が非常に悪かった。それから、ネズミの歯というのは放っておくとどんどん伸びてしまうから、ネズミは必ずかじる、というような因果関係を理解するのに必要な説明も加えながら話ました。しかし、担当の先生によっては、「高校生はこの話は知っているはずだ」というので途中の説明を省いていくかもしれません。その時に、ある学部学科を目指している生徒なら知っているべきことを知らないと、話を正確に理解できない。高校までの基本的な知識だとか技能だとかが身についていないと、やはり理解できずに、ほかの受験生と比べると差がついて、「この受験生は、こんなことも知らないの?」とか、「まるで思い違いして理解している」とかということが出てきます。実際に採点していると、「えっ? あの講義で、なんでこんな結論を勝手に出すの?」というような答案もあります。そういう受験生には面接で、「どうしてあの50分の授業でこういうことを考えたの?」と、確認します。大学でこの分野の勉強したい高校生なら、それは知っているはずだろう。それがわかっていなかった、というところで評価を落として、最終的には不合格になる場合もあります。

 昨年度の問題を見てみましょう


 昨年度の試験問題について言っておきます。試験のイメージがいっそう湧いてくると思います。政治経済学科とコミュニティ政策学科の第1回目は「食糧自給率」です。政治や経済を勉強しようと思っている人は、日本の食糧自給率が低いということは知っているはずです。たぶん高校の現代社会とか中学校の社会科とかで基本的なことは知っているはずです。「授業中はずっと寝ていたし、私は学校では勉強らしい勉強はしていなかったから、さっぱり分からない」という人は、50分の講義を聴いても理解できないはずです。

 それから、3回目の試験が、「人口減少と地域社会」というテーマで講義が行われたわけです。今、日本の社会は人口が減り始めていますが、人口が減るということは社会がどう変わっていくのかということです。日本で少子高齢化が進んでいるという事実さえも知らなければ、50分の講義を聞いてもわからなくて、まともなノートが取れるわけがありません。逆に、政治経済の分野で政治経済学部、あるいは学科、コミュニティ政策学科に進もうと真面目に考えている諸君は、ある程度理解しているし、どんな問題があるかということも多少は考えたという人はノートが取れるはずです。

 それから、欧米文化と日本文化学科の1回目は、「異文化体験」です。欧米文化学科でイギリス文学とかアメリカ文化などを勉強しようという人は、異文化経験とか多文化問題といったことを何も知らないということはないです。日本の文学を勉強しようと思ったら、必ず夏目漱石、森鴎外あるいは永井荷風にしろ、みんな外国に行ってショックを受けて、彼らの文学の世界をつくってきたわけですですから、近代日本文学自体が異文化体験である訳です。最近では村上春樹の小説が海外で高く評価されています。異文化体験という言葉が理解できない、聞いたこともないという人は、たぶんノートをまともにつくれませんし、欧米文化や日本文化を学ぶ準備ができていないと思わざるをえないわけです。

 それから、児童学科の場合、「少子化問題」というのがテーマでした。高校時代や中学の授業のなかで、おそらく「今、日本は少子化が進んでいる」ということは授業で聞いたはずです。少子化というのは、日本の社会にとってこれからどういう問題を引き起こす可能性があるか。そういったことも、中学校や高校の授業のなかで考える機会があったはずです。また、特に政治経済学部や人間福祉学部への進学を考えている人は、新聞を読んでいるか読んでいないかで決定的な差がつく場合があります。昨年の試験では、おそらくスライドで「どのくらい少子化が進んでいるか」とか、「少子化が進んだ場合、社会がこういう課題に直面する」とか、それがグラフとかで示されて、「これからそれでは、どうしなければならないか」という、「どういう問題がもっと深刻になるか」というようなことが締めくくりになって、「では、話の内容はわかりましたか」という講義になったと思われます。その話を理解するのに、新聞の記事やテレビのニュースを見ていた人は、それほど難しさを感じなかったはずです。

 それから人間福祉学科の場合は福祉全般でした。特に高齢者福祉とか、福祉学科を考えている人は当然福祉の問題というのは、多かれ少なかれ関心をもち、ある程度の知識を持っているはずですから、それで十分対応できます。

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